イデア論。

完全な円は描けないが、人間は円を概念的に理解できます。これは円のイデアがイデア界に存在しているからである、とプラトンは主張しました。

この論はプラトンの弟子アリストテレスに夢物語だとコテンパンに論破されるのですが、しかし後世に残る価値のある考え方です。

 

アニメの作画崩壊を指摘する時、我々の脳内には正しいアニメキャラの姿が存在します。

 

しかし、当方は一度も理想通りのアニメキャラを見たことがない気がします。

腕の向きが不自然、顔のパーツ配置に違和感がある、カラーリングがなんとなく違う。全体的に素晴らしい出来だけれど、解釈が異なる。

そのような思いを抱くことがままあります。

 

これは、我々あるいは各々の脳内に、そのアニメキャラのイデアが存在している証左です。

 

とは言えイデア界の存在まで肯定するわけには参りません。

 

ファンアートでは、時折、絵師の個性が溢れ過ぎているものを目にします。

それは絵師の手癖や画力により引き起こされることもあります。

しかしながら、見えているものがそもそも違う場合もあるのです。

さらに言えば、それは視力や観察力の問題ではありません。

そのアニメキャラのイデアが各人により異なるために発生すると、当方は考えます。

 

少なくともオタクの脳内には、イデアが存在します。しかしイデアを共有できていない以上、イデア界は存在しません。

 

オタク的イデアとは、妄想フィルターを介した末の、自分にとっての理想の姿。

当アニメキャラや原作者・アニメスタッフにしてみれば、「お前のイメージを押し付けるな!」としか言いようのないイデアもどきでありましょう。

 

難儀なことです。